ヲルの記憶をとどめておくサイト

ヲル日記

この度ブログ始めさせていただきました。改めて初めましてヲルと申します。ヲルとは本名の薫から来ており、昔留学していた時期に海外の友人に付けていただいた名前です。私は今現在日本のとあるインターナショナルスクールに属する18歳、高校三年生です。(全く行けていませんが笑)しかし行けないことには理由があり実は高校生ながら個人事業主として活動させていただいています。事業の名前はBANDERA(ブログ内にリング貼っておきます)事業内容は海外や日本に住む外国人の方へのコンサルティングと情報商材を販売させていただいています。なぜこの事業を始めたかというと、自分の手で世界を変えたいと思ったからです。

私は中学時代ニュージーランドに留学していました。日本にいた頃から英語に触れる環境にいたので留学自体特に生活に苦労することなく、全寮制の学校でニュージーランド人の友人とスポーツなどをしながら非常に楽しい時間を過ごしていました。そんな時です、二人の日本人が転校してきました。そもそもニュージーランドの学校ともあってアジア人の留学生ですら少ない中で、日本人の二人が転校してくるという奇跡のようなことが起こりました。実名はあげられないのでA君とY君とします。この二人とは学校案内などを通じてすぐに仲良くなりました。ニュージーランドの友人に加えて日本語が通じる友人、全てにおいて満たされていて非常に順風満帆な学校生活を過ごしていました。この二人とは別の寮でしたが、寮にはニュージーランド人の友達がいたので全く気にすることはありませんでした。放課後は日本人の友人もニュージーランド人の友人も含めみんなでスポーツをし、その後みんなで夕飯を食べて誰かの寮の部屋に集まって宿題を済ませたりゲームをしたりする。本当に最高の時間でした。それにこの学校は小学校から高校まである非常に大きい小中高一貫学校だったので、中学生の自分は高校卒業までこのような生活をみんなと続けられると思っていました。

しかし結果的にその幸せな時間はそう長くは続きませんでした。その日は突然訪れました。今でもしっかり覚えています。夢にも出てくるくらいです。それは久しぶりに雪が降って、芝生が薄ら白く色づいていた日でした。いつもと変わらず日本人の友人たち二人と朝から学校に行き、昼食を食べ午後の授業が終わりました。そして今から私が一番好きな時間。放課後の友人たちとのスポーツです。今日はサッカーの予定でした。なので私は日本人の友人と別れた後、寮に戻って穂ボールを持って日本人の友人たちを迎えに行きました。ニュージーランド人の友人たちには先に行っててと伝えて、駆け足で友人A君の部屋のあるBドームへ。(ドーム=棟)A君の名前を大声で呼びながらA君の部屋の窓を見ると。その時の自分には理解できない光景でした。A君がいましたが、彼は紐を首に巻いて二段ベッドの手すりにかける作業をしていました。自分は彼が何をしているのか全く理解できなかったので、窓を開けて「A君何をしているの!?」と聞きました。あいにくA君から見て向かい側の部屋だったので僕の声は彼には届きませんでした。しかし僕に気づいた彼は僕に今までに見せたことのないくらいの笑顔を見せて「ありがとう」口を動かしました。遠かったので声ははっきりとは聞こえませんでしたが、微かに聞こえました。そういった彼はニコニコしながら首にかかった紐を持ちながら二段ベッドから飛びました。そうです。首吊り自殺を遂行したのです。何も状況を理解できなかった自分はただその光景を見ることしかできませんでした。しかし彼が苦しそうに血を吐き始めた頃にやっとこの状況の深刻さに気づき、窓からドーム内に入り彼の部屋へと急ぎました。そして彼の部屋に着くと彼の首に巻かれている紐を必死に取ろうとしました。しかし、結果は...。手遅れでした。たくさんの血を吐きながら彼は笑顔で息を引き取りました。私の腕の中にある彼の体が人の元とは思えないくらい冷たくなっていくのを感じました。私の服には飛び散った彼の血。その光景と鉄臭い匂い、血塗れの自分の手。今でもはっきりと覚えています。

気づいたら私はベッドにいました。周りには泣きながら喜ぶニュージーランド人の友人と寮母さん。どうやら丸一日寝ていたみたいです。周りの皆は死ぬかと思ったなどといっていました。そして我に帰った私はA君について聞きました。黙るみんな。凍りつく雰囲気。

亡くなっていました。最後親御さんに看取られることもなく、私が遺体の第一発見者であり、彼の人生を最後を看取った人でした。彼の死からの時間はあっという間でした。現地の警察に事情聴取をされ周りの友人や先生方にいろいろ聞かれる日々。そんなある日学校がメディアに向けて声明を発表しました。

声明内容は彼の死についてでしたが、その中で一点機になるところがありました。それが自殺した経緯です。学校側は過剰なホームシックと述べました。しかし量で一生に見ていた寮の友達も私も違和感しか感じませんでした。なぜなら彼はホームシックなどするような友人ではありませんでした。自ら望んで留学にきて幼少の頃から親御さんが忙しいので相手にされなかったと話していたことがありました。そこで違和感を感じた友人と私は自分たちに調べてみました。そしたら結果、自殺した彼は私たちの知らないところでいじめに遭っていました。彼の寮内で。しかし学校はその事実を隠蔽しました。学校のブランドを守るために、全ての自殺した彼のせいにしたのです。そこで僕は他の友人たちと学校内でデモのようなことをしながら毎日過ごしていきました。この時の自分は知る由もありませんでした。この後自分にまた新たな苦しみが待っていると。

それはちょうどA君の死から一ヶ月くらい経った頃でした。この一ヶ月の間学校への不信感を持ちながらもなんとか前の日常へと形を戻しつつありました。そしてA君の死からもう一人の友人Y君と僕との絆はもっと深くなっていました。切磋琢磨して現実を乗り越えるべく二人で協力し合いながら日々を過ごしていました。しかしそんな日常は一瞬にして粉砕されました。

それは夜空が綺麗な夜でした。いつも通り友人たちと歯を磨いてなる準備をしていた自分は、LINEに通知があったことに気づきました。Y 君からでした。いつもの場所で待っているとメッセージが入っていました。なので僕はいつも彼と集まる互いの量の中間地点に位置するバスケットゴールで集合しました。その場所へ行くと彼が待っていました。そしたら彼は、「少し歩かない?」といってきました。なので私たちは歩き始めました。歩いている道中彼は自分たちとの思い出について語り始めました。ショッピングセンターで毎週のように一緒に行っていた買い物。ゲームやスポーツなどの日常。一緒に食べたご飯など。突然自分たちとの思い出を語り始めたのでこの時点で彼の異変に気づいているべきでした。今でもずっと悔やんでいます。この後とんでもないことが起こるのですから。

それは学校の敷地と外部との境目のような場所でした。かなり歩いてきたので疲れていた私は「帰ろう。」と切り出します。しかし彼は何も言いません。本当に今でも悔やんでいます。この彼との雰囲気の変化に気づくべきだったと。それは突然でした。彼は僕にこう言い放ちます。「疲れちゃった。先言ってるね。」と。我々がいる場所は大型が車道が隣に隣接している歩道でした。彼は車道に走る大型トラックの前に自ら飛び出しました。一瞬の出来事でした。ぶつかるY君の肉体。トラックのブレーキの音。全てが一瞬の出来事でしたが今でも鮮明に覚えています。飛び散る血と彼の肉片。全てを今でも覚えています。ぐちゃぐちゃになった体。そう。彼は自殺を遂行しました。自らトラックに轢かれ行ったのです。正直今でもくっきりと覚えていてトラウマです。そこからは自分でもよく覚えていません。死体を手に取って泣きじゃくる僕。確認に来るトラックの運転手。そこからは全く。そしてA君の時と同じように僕はまたベッドで目を覚ましました。今度はもっと大勢に人に囲まれて。泣きじゃくる友達。笑っている声。そして我に戻った瞬間、全てを思い出します。後から聞くと私は発狂して泣きじゃくったそうです。それが僕のニュージーランドでの記憶のほとんどとなってしまいました。

そこからは瞬く間に日常は進みました。鬱になってしまった私はトラウマに追われ、ニュージーランドの学校にいるのが嫌になり親に頼んですぐに辞めさせてもらい日本に帰国しました。毎日トラウマに追われて泣き、吐きそんな日々を繰り返しました。しかし誰にも心配をかけたくなかったので親や友人たちには平気なように振る舞っていました。そんな日常を繰り返していたときニュージーランドの友達が連絡があり、自分がニュージーランドで時々週末にホームステイしていたときに友達になったJ君というニュージーランド人の友達が交通事故にあって亡くなったそうです。J君とはいろいろな思い出がありました。彼がJamesという名前でバスケットボールをやっていました。そしてNBA選手のJames Hardenが大好きでした。彼はいつもこう言っていました。「Hatdenは僕と同じ名前だから強いんだと」。彼のおかげで新たな世界を知ることあできました。今でも僕はNBAが大好きでJames Hardenが大好きな選手です。

たった三ヶ月の間に三人もの親友を失った私。人格は完璧に崩壊していましたが絶対周りには気づかれないようにしていました。そして日本に帰国して数ヶ月が経ちました。学校にも属さず家の部屋にずっと引きこもっていた私。しかし自分の生活に変化をもたらすため、せっかく培った英語を続けられる環境に入りたいと親にいって今インターナショナルスクールに至ります。

血の繋がらない3人の家族を失った私。その失った原因はほとんどがいじめや互いの違いを尊重できなくて起こりました。なので私はこういう経験をしたからこそ何かでできないかと考えました。まだ17歳の私でしたが自分で世界を変えたいと思いました。そして個人事業を高校二年生ながら始めました。互いを互いの違いを認められる世界にするために、国境を越えて違う国に属する人々は分かり合える世界にするべく。

ここまで長い話をしてきましたが、これで僕の個人事業開業の経緯の説明は終わりです。長々付き合っていただきありがとうございます。ここからはもっと自分のプロフィールなようなことを書いていきます。

ヲル(本名=小坂薫)

現在18歳。4月12日生まれ。

趣味は、音楽制作、動画編集、DJ、NBA、仮想通貨取引、株取引、料理、英語

見た目はおじさんです(笑)逆年齢確認をよくされます(笑)

SNS = instagram oru.bandera.floracion

= Facebook Kaoru Osaka

これからここに私の日常を残していきます。血の繋がらない家族のためにも一生懸命生きて、色々な経験して色々な界を変えていきます。これからもよろしくお願いします。

待っててね。血の繋がらない三人の家族よ。この世界に一旗あげてからそっちに行くよ。

I'm the one who will change your story.

更新日:

Copyright© ヲル日記 , 2021 All Rights Reserved Powered by AFFINGER5.